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 リハビリお題3作目、『the Legend』でのお届けです。

 チャーリーがガールディーのもとを離れてシェリイン村に来て一人で暮らし始めて間もない頃、の話です。

 この時点でチャーリーはヴァシルの名前をちゃんと知ってるんですが、何故か作中で一度も呼んでくれませんでした…。

 それにしても、本編よりも若干ややこしい性格になってますね、このチャーリー…多分思春期だから(ええ…)。



『028 水くさい:the Legend』


「お前さぁ、なンか怒ってんの?」

 何度目に顔を合わせたときだっただろうか、挨拶代わりにそんなミもフタもないコメントを投げつけられたのは。
 初対面のときにはさすがにそんなことは言われなかったし、そんな台詞をぶつけられたそれっきり会わなくなったという事実もないから、それが具体的にいつの出来事だったのか、もう思い出せない。

 開口一番発するには無礼に過ぎるそのフレーズ。
 けれど自分はあっさりと聞き流し、相手もしつこく食い下がったりはせずにその後は別の話題に切り替えた。
 だからそれはそこで一旦済んだ出来事で、こんな風に思い出す必要のないことで、なのにふっと気を抜いた瞬間に、記憶の中から蘇ってしまう。そうしてフクザツな気持ちになってしまう。

 いつも不機嫌な表情をしているのだろうな、とは自覚している。
 特別に必要がなければ口を開かないものだから、無口で無愛想だとも思われているのだろう、それも知っている。
 でも、本当に機嫌が悪かったりはしないし、ましてや怒っているワケじゃない。
 そもそも、取り立てて腹を立てなければならないような何事も、今チャーリー・ファインが暮らしているこのシェリイン村では起こらなかったから。

 世界の南端に位置するこの村に住まう人々は、揃いも揃ってそれはどうかと思えるぐらいにお人好しで、びっくりするぐらいに親切で、戸惑ってしまうぐらいに他人に対して無防備だった。
 たった一人でやって来て挨拶回りもせずに村に住み着いた自分を、胡散臭がらずに受け容れてくれたどころか、村の住民ほとんどが競ってでもいるかのように面倒をみてくれる。

 最初の数日間、何くれとなく世話を焼いてくれる人々の魂胆がまるでわからず、チャーリーは戸惑いを通り越してかなり露骨に警戒していた。
 抑え切れない猜疑心と警戒心は、それを隠す努力を彼女が放棄しているがために表情に如実に表れ、ずいぶんと無礼な対応になってしまったに違いないのに、それを咎める者は誰一人としていなかった。
 数日が過ぎた頃、チャーリーはようやく、彼ら彼女らには何の魂胆もありはしないのだと理解する。
 シェリイン村の人々は、ただ単にどうしようもないぐらいに、彼らの隣人のことが大好きなのだ。だから、同じ村に住み着いた、たったそれだけの事実を基に、チャーリーのことも大好きになろうとしてくれているのだ。
 にわかには信じ難いくらいに馬鹿馬鹿しいような、でもそれが真相。村人達の嘘偽りのない本心だ。

 それに気づいたチャーリーが、遅ればせながらあからさまな不信感と敵対心を若干引っ込めるのを待ち構えていたように、同年代やそれ以下の子ども達が彼女の家を訪ねて来るようになった。
 誰が何人やって来ようとも、チャーリーは遊びの誘いには基本的に応じなかったし、家の中に入れることもせず戸口の立ち話だけでお引き取り願うのだが、子ども達もまた彼女のことを大好きになろうとしてますよという意思を爪の先ほども隠さずに表明してくれるものだから。
 日が経つにつれ、自分はもしかしてとんでもない村に引っ越して来てしまったんじゃないかとビミョーな気分に囚われる始めるチャーリーである。

 そんな日々の中で、冒頭の台詞を投げつけられた。

 無遠慮なその言葉を口にしたのは、何でそんなに長いんだと疑問に思えるぐらいに長い金髪を背中に垂らして先端を青いリボンで一つにくくった、背の高い少年だった。おそらく自分よりも二つか三つぐらいは年上だろう。がっしりとした体つきはもう大人の男達とほとんど変わらない。
 空の蒼を映したような瞳は、いつも真正面から相手を見据えてくる。どんなときも会話している相手をしっかりと見つめて来るその少年。
 なんだか面倒くさい奴だな、それが第一印象。
 感じたことをずけずけと口にする、裏表のないその性格。ストレートでわかりやすいものの考え方は、一見読みやすく御しやすいように思える。が、こういうタイプは意外と芯が強くて、テキトーにあしらわれても怯まないから、ある意味扱いにくい。
 チャーリーにとっては、あまり一対一で会話したい人物ではない。

 なるべく距離を保っていたい、深く話し込みたくなどないと日頃から思っていたから、「別に怒っていたりはしない」そんな一言を咄嗟には返せなかった。
 聞き流すつもりは明確にはなかったのだけれど、結果的にはそうなってしまった。
 本当にあっさりと聞き流していたのなら、後々になってこんな風にそのときのやりとりを思い返したりはせずに済んだのだろう、けど。

 自分はもしかしてあのとき、何かをきちんと答えようとしていた、の、だろうか?

「こんばんは。何か、考えごとかしら?」

 不意に、声をかけられた。はっと立ち止まる。
 真正面、チャーリーの進路を塞ぐかたちで金髪の少年の母親が立っていた。両手を腰に当てて、にこにこ笑顔で見下ろしてくる。

「い、いえ、別に…」

 自分だけの考えに沈み込んでいたから、周囲にはまったく注意を払っていなかった。
 シェリイン村で暮らすようになってかなりの日が経ち、そろそろ通い慣れて来たパン屋からの帰り道。無意識だけで歩いていたから、声をかけられなければそのままぶち当たっていたかもしれない。ちょっと動揺して、パンの入った袋を両手で抱え直す。

 この人は一体何がそんなに嬉しいんだろうと不安に思えてくるぐらいの笑顔でチャーリーを見下ろしていた女性が、ふと思いついたように顔を寄せて来た。

「ねえねえ、アンタ、今夜うちでご飯食べていかないかい? 家に帰っても、ひとりぼっちなんでしょう?」
「…え?」
「夕ご飯だよ、夕ご飯。今日は上の子が帰らない日だってことをすっかり忘れててねえ、いつも通りの分量つくっちゃったから、一人分余っちゃうんだよねえ。良かったら、食べてってくれると嬉しいんだけどな。食事は大勢でとった方がやっぱり楽しいもの」

 覗き込む瞳は、息子と同じ空の蒼。
 悪戯っぽい微笑を浮かべて、どう? 一応こうやって訊いてみてはいるけれど、答えはもうわかってるのよ? 当然食べて行くでしょう? と視線が語りかけてくる。

「…いや、私は───」

「そうそう、言っとくけど! コドモは遠慮なんかするモンじゃーないのよ、年上の人が親切にしてくれるときは素直に受け取っておくこと! 何も夕飯一食分で恩を着せようなんて思ってないし、って言うか、この村に住んでる子ども達はみーんな、私の子どもと同じようなモンなんだし! だからよそで食事をいただくのが図々しいとか申し訳ないとかそういう水くさいカンジ以外の理由がある場合以外は、断るの禁止! それを踏まえて。私達一家と夕食をご一緒にいかが、チャーリーちゃん?」

「………」

 パンの袋を抱えたまま、しばし唖然と見返しながら返す言葉に詰まってしまう。硬直したまま沈黙していたら、それを了承のサインだと解釈されてしまったようだ。

「それじゃ、決まり! さあさあ、行きましょ! 今夜のメニューはね、ハンバーグドリアなのよ、食卓に何かしら肉料理が出てないと下の子がうるさくってねえ。うちの子、もう知ってるでしょ? そそっかしくてがさつでバカで体力だけが取り得で。ああそいつなら力いっぱい思い当たるってカオしてくれてるわね、覚えててくれて嬉しいわー」

 チャーリーをずるずると引きずるようにして歩いて行く、女性。この村に住む人達は本当に、何の打算もなく少しの見返りも求めずに、隣人の役に立つことを無上の喜びとしているのだと、改めて認識する。
 一歩間違えば大きなお世話、要らぬお節介へとたちまち転落してしまう、危ういバランスの上に成立している彼ら彼女らの優しさを、

 今のチャーリーは少しだけ、ほんの少しだけ、けれど確かに間違いなく、ありがたくもあたたかいものだと受け止めた。
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